書評『デジタルアーカイブ白書2005』

　しかし、用語が普及するということと、それに関する理解が浸透することとは区別される必要があるだろう。アーカイブという語には本来、組織体の活動記録とか記録史料といった意味があるが、上に掲げた構想にも明らかなように、それらを電子化し提供することが、この協議会の主たる目的とされているわけではない。第１部で「デジタルアーカイブの対象は原則すべて」とされているとおり、本書のいうデジタルアーカイブは非常に広く「有形無形の文化的遺産をデジタル化して活用すること」という程度に用いられている。

　このような点は指摘できるが、文字資料に限らず多様な文化的遺産を所蔵する機関や施設が、その所蔵資料をデジタル化することには、インターネットの普及とも相まって大きな意義があったと考えられる。利用者には、そこまで出向かずとも各地の文化財に触れることができる便利さを印象づけたし、それを通じて各種の所蔵機関・施設の認知度を高め、その社会的な意義・役割を再認識することにもつながったと言えるのではないだろうか。このような観点から、本書の概要を見ていくことにしたい。

　第１部では各機関・施設でのデジタルアーカイブの構築・公開状況について、１．博物館・美術館、２．図書館・公文書館・大学・研究機関、３．自治体・公共団体・地域推進団体、４．メディアという区分で概観され、今後の課題としてメタデータの整備、人材の育成、著作権の処理などが挙げられている。

　第２部では政府省庁の施策として、IT戦略本部（内閣官房）が教育用デジタルコンテンツの整備や学術データベース、地理情報システム（GIS）の整備に、文化庁が文化遺産オンラインに、経済産業省がデジタルコンテンツを生かしたビジネスモデルの構築に、総務省がデジタルミュージアム構想に、それぞれ重点的に取り組んでいることが紹介される。

　本書以前に『デジタルアーカイブ白書』は2001、2003、2004年版の３冊が公刊され、いずれにおいても各機関・施設でのデジタルアーカイブ整備状況の調査が実施されている。本書での調査の特徴は、過去３回の調査ではアンケート調査が主体であり、それを補完するものとしてウェブサイトの調査が実施されていたが、本書では後者の調査が主体となっていることである。

　第３部は章ごとに内容を少し詳しく見ておきたい。第１章によれば調査対象となった博物館・美術館1687館のうち82.3％（1347館）がウェブサイトを開設している。アンケートによって現場の担当者を煩わせなくても、ウェブサイトを訪問することでかなりのことがわかるようになってきたと見てよいだろう。この第１章で興味深いのは、独立した国公私立の博物館や美術館だけでなく、多様な設立母体の施設や機関をも調査対象としている点である。具体的には、運営母体別に国立、都道府県立、市町村立、私立、公益法人、教育機関（大学の附属博物館など）、寺社仏閣、その他、不明のように分類しており、調査項目もウェブ公開している資料の点数、目録や検索機能の有無、拡大表示や補助画像など付加機能の有無など、デジタルであることに力点を置いて各ウェブサイトの現状を把握しようと努めている。個別には国内の代表的な美術館、博物館に加えて特徴ある施設も含め、８の事例を紹介している。

　第３部第２章は図書館・公文書館・大学・研究機関を対象に同様のウェブサイト調査と８の事例紹介を行なっているが、章末の６ページで「大学におけるデジタルアーカイブ研究事業一覧」と題して、大学ごと、研究者ごとにデジタルアーカイブに関連してどのような研究が進められているかをシンプルな表のかたちにして紹介している。デジタルアーカイブに関連して何か知りたいと思うことがあれば、この表で紹介されている研究者名や研究題目をキーワードとしてインターネット検索をかければ、求める情報が得やすくなる場合もあるだろう。

　第３章は全国158の主要な自治体・公共団体のうち76団体がデジタルアーカイブを開設していると述べる。１、２章と同様ウェブサイト調査と４事例（地域の推進協議会やNPO法人コンソーシアムなど）の紹介が行なわれている。ウェブサイト調査のひとつ「デジタルアーカイブの資料内容」には絵画や地図などと共に公文書という項目もあるのだが、これに該当するのが76団体中2団体、いずれも教育委員会関係のものである。本書の性格上「行政文書への市民のアクセスを保証し、それによってアカウンタビリティを高める」といった視点からこれを分析することは守備範囲を超えるものと思われるが、この調査結果自体は重く見てよいのではないだろうか。

　第４部はメディアにおけるデジタルアーカイブの動向を、放送局、通信社、新聞社、出版社、フィルム・アーカイブに分けてまとめている。いずれの産物も貴重な文化的資産であるが、もともとは商品として作られたものであるという点に注意が必要だ（NHKの制作物については即断はむずかしいが）。新聞のニュース記事などは、ある出来事が起こってから、あらためてそれに関連する記事を検索するなどの方法によって、その出来事の予兆と見てもいいような記事に後になって気づくといったこともあり、過去の蓄積が多ければ多いほど資料的な価値は高まると期待される。しかし、記事のデータベースを無料で公開している新聞社は一部にとどまり、多くは登録制（有料）サイトによるデータベースを整備しているようだ。この場合クローズドなデータベースとなるため一般的なインターネット検索にヒットすることがなくなる。新聞記事を社会的な資産と見ることも可能なのかも知れないが、しかし現状ではそのデータベースを運営するのは個々の新聞社であり、いくら新聞が「公器」と言われることがあっても、そこまでの負担を求められるものかどうか、疑問の余地が残る。

　第５部ではデジタルアーカイブに関連する多様な動向が８章に分けて紹介されている。技術的な動向としては伝統的なアーカイブズの世界で作られてきた分類法、すなわち組織や個人の活動記録を適切に検索できるようにするための分類法を踏まえた国際標準を紹介し、それを通じて今後のデジタルアーカイブが「無秩序なデジタルファイルの集合」とならないよう注意を喚起している。人材育成についてはデジタル・アーキビストに求められる能力として、文化や現物資料についての理解、データベース構築についての知識と技能などが挙げられている。法的な動向については、特にデジタルデータが二次利用の容易なものであることを意識して、改正された著作権法の概要と代表的な事件についての判例が紹介されている。また、ユーザーの視点から利用しやすいデジタルアーカイブについて、実際のサイトを紹介しながら検討し、さらにオンラインの図書検索システムであるOPACを取りあげ、検索手段のデジタル化という点で先行する図書館の試みからデジタルアーカイブが学ぶべき点を検討するという議論も掲載されている。商品化関連の分野では絵画を撮影したものやデジタル処理した映画、あるいは歴史的なラジオニュースなどのデジタルデータをCDやDVDにしたパッケージ商品、あるいは人気のある絵画をモチーフに文房具やインテリア用品をつくるミュージアム商品の具体例が紹介され参考になる。そして海外のデジタルアーカイブの動向が紹介され、国内60件のウェブサイトをデザインや資料性、手作り感覚といった観点から紹介する表が掲載されている。

　デジタルアーカイブ協議会の10年というのはパーソナルコンピュータがウィンドウズというOSを搭載して学校や家庭、企業や官公庁に普及していった10年にちょうど重なっていたと言うこともできる。これが今のところコンピュータを利用する際の事実上の標準（デファクト・スタンダード）になっていると言わざるを得ない。

　デジタルアーカイブがデジタルであることによって持つ特徴として「インターネット経由でどこからでも閲覧できる」という点をはずすことはできない。デジタル技術が大きく発展し、インターネット回線のブロードバンド化が進むことによって「遠方にあるものを目の前の画面上に呼び出すことができる」ようになったことは大きな成果だろう。しかし今後懸念される事態として「どこからでも閲覧できる」が可能となるには「インターネットに最新のOSを搭載したマシンがつながっていれば」という条件をクリアしていなければならない、といったことも出てくるに違いない。

デジタルアーカイブの普及に力を注いできたこの協議会はすでに活動を休止し、ウェブサイトも活動記録や様々なデータのリストなどの掲載をもって更新を終えているようだ。普及のための10年を振り返ったうえで、デジタルベースでアーカイブを充実させていくことの意義がもう一度見直されてよい。本書とそれに先立つ3冊の白書は、そのための貴重な手がかりとなってくれるように思う。